東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)25号 判決 1988年4月11日
原告
石田安孝
右訴訟代理人弁護士
羽柴駿
被告
東京都文京区長遠藤正則
右指定代理人
内山忠明
同
小川賢一
同
岩田実
同
進藤英雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和六〇年一二月二八日付でなした免職処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五四年四月一日、被告に文京区(以下、「区」という。)の一般作業員(単純労務職員)として採用され、土木部公園緑地課維持係に配属された。
2 被告は、原告には地方公務員法(以下、「地公法」という。)二八条一項三号に該当する事由があるとして、昭和六〇年一二月二八日付で原告を分限免職処分(以下、「本件処分」という。)に付した。
3 しかしながら、原告には地公法二八条一項三号に該当する事由はなく、本件処分は違法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2記載の各事実はいずれも認める。
2 同3は争う。
三 抗弁
原告には、次のとおり地公法二八条一項三号に該当する事由がある。
1 事実関係
(一) 公園緑地課維持係の業務分担
原告が所属していた公園緑地課維持係においては、次のとおり班を設けてその担当業務を分担している。
(1) 第一ないし第四班
第一ないし第四班は、区内の公園、児童遊園(以下、「公園等」という。)を四地域に分け、それぞれの地域内の公園等の樹木の剪定業務を主として分担する。一つの班は三ないし四名によって構成されている。
(2) 機動班
機動班は、区内全域の公園等の施設の安全点検及び小破損の応急修理業務を分担する。運転手一名と作業員二名によって構成されている。
(3) ゴミ班
ゴミ班は、第一ないし第四班の作業により発生した枝木等のゴミをトラックに収集して運搬処理する業務を分担する。作業員一名によって構成するが、他に雇上の運転手一名を配している。
(二) 原告の勤務状況
(1) 原告は、昭和五四年四月に採用された当初から昭和五六年三月まで第一班に配属された。
その間、原告は、第一班の分担する業務のうち高木の剪定については、木に登れず、はしごによる作業もできなかったため、全くすることができず、また草木の剪定作業についても、他の職員から何度となく教えられてものみこめず、全くできない状態であったので、結局、他の職員が剪定した枝等を片付けることのみを行うことにならざるを得なかったのであるが、それさえも十分に処理することができなかった。このため、本来原告が負担すべき作業内容のうち、その殆どは同班に配属された他の職員がこれを処理することとなり、それらの職員からの苦情が発生した。
(2) そのため、昭和五六年四月から原告は第二班に配属替えされたが、同班においてもその状態が改善されることはなかったのみならず、その後園内清掃を指示されても、熊手の爪のない裏側で作業を行い、これを注意されてもその指示に従おうとはせず、その他の担当する作業を積極的に行うこともせず、結局、他の職員が作業をする間、熊手を持って立ちつくしている状態が続いた。
(3) そこで、昭和五六年一一月原告は機動班に配置替えされたのであるが、ここにおいても、破損施設の修理はおよそ行うことができず、また、破損の有無についての点検も原告に一任し得る状態ではなかったので、公園内にある排水桝の泥を除去する作業のみをさせざるを得ない状況であった。しかし、排水桝の泥を除去する作業は通常は一時間程もあれば十分処理し得るものであり、一日の作業量としては極めて少なく、他方、機動班の主たる任務である施設の点検、修理は他の職員の負担となっており、公園施設の点検、修繕は、直接これを利用する住民等の安全にもかかわるものであることから、このような状態を放置することはできなかった。
(4) そこで更に、昭和五七年四月、原告はゴミ班に配置替えされた。ゴミ班の作業内容は一人の職員が雇上げのトラックに、他の各班の作業の結果発生したゴミ等の収集を行うことであったが、ここにおいても原告は、ゴミをトラックに積載する動作が緩慢で、結局、本来はトラックの運転をその本務とする雇上運転手がその作業の過半を手助けする状態が続いた。これに加えて、ゴミ班においては原告がその立場上、雇上げの運転手の作業の段取りを指示することとなるのであるが、その際、ゴミを収集する公園等を最短距離で順次巡回すべきであるのに、これをせず、無用の遠回りをさせる等の指示を行うため、雇上げの運転手の前記協力にもかかわらず、その作業能率が著しく低下する状況にあった。
(三) 同僚とのいさかい
原告は、昭和五九年一〇月頃よりゴミ積込作業に際し、雇上げの運転手の手助けを受けることが以前に比べて少なくなったが、その反面、職場である作業員詰所内で洗濯物の干し方や入浴の順序等のささいなことから、同僚職員との間で口論することが多くなり、その際、感情をむきだしにして大声で暴言を吐いたり、あるいは、相手の身体の直前まで擦り寄って威圧する態度を示したりすることが何回となくあった。
しかし、昭和六〇年五月頃までは相手方の身体に触れるようなことはなかったのであるが、同年六月頃、作業員詰所で同僚の佐藤に対し、その胸倉をつかんで持ち上げるといった暴行を加え、また、同年七月頃には、同所で、土木課職員近藤が、大声で口論している原告に注意したところ、同人の身体を抱えるようにして押さえ、同人に対し、唇を切る等の傷害を負わせた。更に、同年一二月七日、同所で、土木課職員らに対し、「お前らみんな親父にいって首にしてやる。」との暴言を吐き、また、同日、土曜日の午後の交替勤務のことで、同僚の諸井と口論となり、同人の顔面を殴打する暴力事件を引き起こした。
(四) 傷害事件
原告は、昭和六〇年一二月一五日午後九時三〇分頃、国鉄大宮駅前で、酒に酔って、タクシー運転手二名に対し、いずれも胸倉をつかんで投げ倒す等の暴行を加えて打僕傷等の傷害を負わせたため、逮捕、勾留され、同月二五日、浦和簡易裁判所において、罰金一〇万円の略式命令を受け、同日釈放された。
2 原告の不適格性
区において原告のような一般作業員の行う作業内容は、土木またこれに準ずる作業現場での清掃等であり、原告の担当していた樹木等の剪定や公園の清掃はその中でも最も軽易な部類に属するものである。しかしながら、原告は、このような最も軽易、単純な作業でさえ、採用以来数年を経過しても全く満足にすることができず、著しく作業能力が劣っており、かつ、前述の状況ではこれが改善される見込みもたたない。また、職場内において、繰り返し同僚職員に対し暴力をふるったり、大声で暴言を吐いたりなどして、職場内の秩序を著しく乱した。更に自ら酒癖の悪いことを十分認識し、かつ上司から何度も注意を受けながら、その直後酒を飲んで傷害事件を引き起こした。仮に原告の行動が病的酩酊の影響によるものであるにしても、本人の意志さえあれば改善できるものでありながら、一社会人として、また公務員として、これを怠った結果、前述のような事件を引き起こした。
被告は、以上の事情を総合した結果、原告にはその職に必要とされる適格性が欠け、かつ、そのような性向が矯正し難いものであること及び原告のような作業能力、性格をもってしては、区の他の職務に異動させることもできないと判断した結果、本件処分をなしたものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(事実関係)について
(一) (一)(公園緑地課維持係の業務分担)の事実は認める。
ただし、ゴミ班の構成は、昭和五六年頃までは作業員二名と雇上運転手一名であった。
(二) (二)(原告の勤務状況)の事実中、原告が昭和五四年四月から昭和五六年三月まで第一班に属し、同年四月に第二班に配置替えとなり、同年一一月に機動班に配置替えとなり、昭和五七年四月ゴミ班に配置替えとなったこと、ゴミ班の作業内容が他班の作業の結果発生したゴミの収集であることは認め、その余の事実は否認する。
原告は、身長一七九センチメートル、体重約一〇〇キログラムの壮健な男性で、高校時代から体育の成績が良く、柔道部に属して柔道に励み、昭和四二年には講道館から二段を与えられ、更に五四年春の特別区職員柔道春季大会の団体戦に参加して銅メダルを獲得していることからもわかるように、人並み以上の体力を備えており、かつ、作業にも真面目に取り組んでいたのであるから、被告の主張するような作業上の問題が生ずるはずはない。
また、原告は昭和六〇年七月一日に特別昇給を受けているのであるから、その勤務能力、成績はむしろ高かったといえる。
更に、原告の第二班への配置替え及びゴミ班への配置替えはいずれも定期異動としてなされたものにすぎず、機動班への配置替えも原告の勤務状態に問題があったからではない。右機動班への配置替え及びゴミ班への配置替えが原告の勤務状態の問題によるものでないことは、昭和五六年一〇月の定期昇給、昭和五七年四月の昇格の事実からも明らかである。
また、ゴミ班は前記のとおり本来は二名の職員と一名の雇上運転手で構成され、ゴミをトラックに収集する際は、職員二名が地上とトラック荷台上に分かれて作業していたのであるが、それでも相当な肉体労働であったところ、区の人員削減の方針のためか、昭和五六年頃から職員一名に運転手一名という班構成となり、他方作業内容は同じであったため、必然的に運転手もゴミ上げを手伝わないことにはノルマを消化できない状態だったのであって、原告のゴミ上げ作業を運転手が手助けしたのは、原告に問題があったからではない。
また、ゴミ班のトラックの巡回経路は、その分野の専門家である運転手が自らの考えに従って選んでいたのが実情であった。したがって、また、原告がいちいち巡回経路を指示したこともなく、無用な遠回りを指示したような事実もない。
(三) (三)(同僚とのいさかい)の事実は否認する。
原告の職場である作業員詰所は一種独特の上下関係があり、戦前の軍隊の内務班のように古参者が新参者をいびる風潮があった。原告は右職場では一番新しい職員だったため、しばしば先輩からからかわれ、我慢を重ねていたが、耐えられなくなって抗議し、口論に及んだこともあった。しかし、それはあくまでも抗議の範囲にとどまり、暴行や傷害に及んだことはない。
被告の主張する佐藤に対する暴行は、佐藤が余りにしつこくからかうので、それに対し抗議し、佐藤の身体を両脇を抱えて一回だけ持ち上げて下ろしただけのことであって、暴行といったたぐいのことではない。
近藤の件も、同じような事情でいい合いとなったが、周囲の者がとりなしたので収まったのであり、傷害などには至っていない。
また、諸井の件も、口論のあげくに諸井が原告に手拳でつきかかってきたので、これを防ぐために原告が手で一回払いのけたところ、たまたま諸井の顔面に当たったにすぎない。
(四) (四)(傷害事件)の事実は認める。
2 抗弁2(原告の不適格性)の主張は争う。
(一) 地公法二八条一項三号に規定する「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するか否かを判断するについては、まず当該職員の処分当時の具体的職務についての適格性を判断すべきであり、その適格性が認められるのであれば、それ以前の職務について仮に不適格性が認められたとしても、右該当性は否定されるべきである。
しかるところ、原告は、本件処分当時まで約三年八か月間ゴミ班に所属していたのであるが、その間、一生懸命に仕事をし、ゴミの積込み作業を運転手に手助けしてもらった事実はあるものの、それは前記1(二)のような事情によるものであって、大過なく作業をこなしていたものといえるし、出勤状況も、昭和五九年は遅参二回のみであり、昭和六〇年も遅参一回で、傷害事件のあった同年一二月一五日まで欠勤もなく、同班においては、原告は動作はやや緩慢であったが、分限処分の対象となるような不適格性を示すことなく作業を遂行していたものといえ、前記のとおり体格も良く、体力もある原告には、重いものを持ち上げたり片付けたりするゴミ班の作業はむしろ適任といえる。
(二) 仮に、右該当性の判断につき、原告のゴミ班以前の勤務状態を考慮するとしても、原告が第一班及び第二班で高木の剪定ができなかったのは、前記のとおり体重が約一〇〇キロもあり、細い木に登るのは危険であったためで、無理もないことであり、低木の刈り込みについては、原告の入院した病気が影響していることが否定できず、右病気が改善している現在、能力の向上が期待できるのであり、機動班における作業は、力仕事である排水桝からの泥の除去は原告に適任ともいえ、また、熊手を正常に使用しなかったことについては、故意にしたわけではないし、また、それも二、三回のことであって、不適格性を基礎付けるものとはいえない。
(三) 同僚とのいさかいも、現場の仕事にはある程度のいさかいはつきものであり、原告は全ての同僚との折り合いが悪かったというわけではないし、原告が起こしたいさかいの原因も前記1(三)のとおり原告が一方的に悪いわけではなく、原告の世渡りの下手な性格からうまい対応ができなかったという面もあり、原告が他の職員に比して特に悪質であったというわけではないから、不適格性を現すものとはいえない。
(四) 原告が昭和六〇年一二月一五日に起こした傷害事件については、分限処分は当該職員が占めている特定の職務についての知識、技術、体力などの諸要素についての判断に基づいてなされるべきものであるところ、右傷害事件は、退庁後の私行というべきものであって、公園等での枝葉の後片付けなどの単純な労務を内容とする原告の職務とは直接関連性はなく、このような非行を一度起こしたというだけで原告が右職務に不適格ということはできない。
五 再抗弁
本件処分は、次の各点で裁量権の範囲を逸脱し、または、裁量権を濫用するものである。
1 被告は、原告の前記傷害事件が新聞に報道され、区議会筋からの圧力もあったことから、本件処分を行ったものであって、その真の目的は、右傷害事件を理由として原告を懲戒することにある。
しかしながら、地方公務員は地公法の規定する事由によらなければ免職等の処分を受けることのない地位を法律上保障されているところ、分限処分は公務の能率の維持、向上を目的とするものであって、制裁の要素は含まれておらず、懲戒事由を理由に分限処分をすることは同法に規定されていない事由によって処分をすることになるから許されず、本件処分は裁量権の範囲を逸脱するものである。
2 また、右傷害事件は原告の飲酒に起因するものであるが、その後原告は、父の厳格な訓戒もあって完全に断酒することを誓っており、右傷害事件についても同月二五日略式命令により罰金一〇万円が言い渡され、決着がついていることからすれば、更に原告を本件処分に付することは酷に失し、裁量権の濫用である。
3 更に、東京都庁で、課長の送別会の際、部下である係長がささいな言葉のやり取りから立腹し、右課長の顔面に皿を投げ付け、右課長はすぐに救急車で病院に運び込まれたが、眉間から出血し、五針に及ぶ傷を負った事件に関し、任命権者は加害者たる係長に一〇日間の停職処分に付したが、この事件でさえ関係者の間ではかなり重い処分として評判になっていることからすれば、本件処分は社会通念ないし自治体の人事行政の常識に反し、著しく過酷なものといえ、裁量権の濫用にあたる。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1のうち、本件処分に関し、議会からの圧力があったこと、本件処分の真の目的が、原告が昭和六〇年一二月一五日起こした傷害事件に対する懲戒処分をすることにあったことはいずれも否認し、本件処分が裁量権の範囲を逸脱するものであるとの主張は争う。
2 同2のうち、原告が右傷害事件により罰金一〇万円の略式命令を受けたことは認め、原告が断酒を誓っていることは不知。本件処分が酷に失し、裁量権の濫用であるとの主張は争う。
3 同3は争う。
第三証拠(略)
理由
一 原告が昭和五四年四月一日被告に区の一般作業員(単純労務職員)として採用され、土木部公園緑地課維持係に配属されたこと、被告は原告を地公法二八条一項三号に該当するとして昭和六〇年一二月二八日付で本件処分に付したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が地公法二八条一項三号に該当するかについて判断する。
1 まず、抗弁1(事実関係)について判断する。
(一) (一)(公園緑地課維持係の業務分担)の事実は当事者間に争いがない。
加えるに、(人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、区において一般作業員の担当する職務は土木工事等の作業現場での清掃等の作業とされていること、公園緑地課では主として公園等の維持、管理の業務を担当し、これを事務係、緑地係、工事係及び維持係の四係によって行っているが、維持係には六名程の技術員と一八名の一般作業員がおり、右一般作業員の作業ついて右抗弁1(一)記載の班編成がなされていることが認められる。
なお、原告は、ゴミ班の構成は昭和五六年頃までは作業員二名と運転手一名であったと主張するが、(人証略)によれば、少なくとも昭和五四年頃以降は、ゴミ班の、作業員として配属される職員一名と委託業者の運転手一名という構成は変わっていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 同(二)(原告の勤務状況)の事実中、原告が昭和五四年四月から昭和五六年三月まで第一班に所属し、同年四月に第二班に配属替えとなり、同年一一月に機動班に配属替えとなり、昭和五七年四月にゴミ班に配属替えとなったこと、ゴミ班の作業内容が他の班の作業により発生したゴミの収集であることはいずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、次の各事実が認められ、右認定に反する(人証略)及び原告本人尋問の結果はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 第一班での勤務状況
第一班には、高さ三メートル以上の木にはしごをかけて登り、鋏と鋸で枝葉を切り落とす高木の剪定作業、高さ一メートルから一・五メートル位の木を柄の長さ四〇センチ位、刃の長さ二〇センチ位の刈込鋏で丸く刈り整える低木の剪定作業、鎌で草を刈り取る除草作業、これらの作業から生じたゴミを、大きな枝は縄で束ねて縛って運び、小さな枝や草は熊手で集めて片付ける作業があり、原告の所属当時、同班には原告を含めて三名の職員が作業員として配属されていた。
原告は、第一班に配属中、後記病欠をする前に、高木の剪定のために木に登らされたことがあったが、怖がってがたがたと震え、木にかじりついて全く作業にならず、以後一切この作業は行わせられなかった。また、低木の刈込みも、普通は一日か二日で覚えられる作業なのに、何度教えられても激しい凹凸が残ってしまって刈り揃えることができなかったが、昭和五四年一一月一六日から昭和五五年八月一五日まで外傷性てんかん、病的酩酊、慢性肝炎により入院加療のため欠勤した後は、刈込鋏の刃をうまく噛み合わせられず、枝を刈ることすらできなくなってしまった。更に、除草作業も、草を手元から先の方へ順々に刈り取って行くよう何度いわれても、このような手順を採らず、手元の草を取らないうちに先の方の草を刈り取って手元の草の上に置いて、除草した部分と刈り残した部分の区別をつかなくしてしまい、まんべんなく除草することができなかった。このため、同班では剪定作業や除草作業は当時三名いた作業員のうち原告を除く二名だけで行い、原告は、殆ど、切り落とした枝や抜いた草の片付けをするのみとなったが、この作業も、動作が極めて緩慢なうえ、大きな枝を縄で結んで運ぶのに、均等に重ねて束ねることができず、運ぶ途中で縄が緩んでほどけてしまったり、また、小枝や草を集めるのに、熊手を片手で使うなどするためにはかどらず、他の二名が剪定等の作業を早めに切り上げて手伝わざるを得ないという状態であった。そして、原告は、このような勤務状態について同班の作業員から文句をいわれて激しい口論となったことが何回かあり、また、これ以外にも、区の作業員詰所で同僚と口論したり、取っ組み合いの喧嘩をすることが度々あった。
(2) 第二班での勤務状況
第二班の作業内容も第一班と変わらなかったが、第一班では原告についての苦情が頻繁となり、また指導者が変わることによって原告の勤務状態が改善することもあるかもしれないとの維持係長の考慮もあって、原告の定期異動時期である昭和五六年四月に原告は第二班に配属を移された。
同班にも、原告を含めて三名の職員が作業員として配属されていたが、同班でも原告は、班長からどんな作業でもできるようにならなければならないとして高木の剪定をするようにいわれても、全く木に登ろうとしないため、やはり高木の剪定は行わせることができず、また低木の刈込みや除草の作業も、繰り返し指導されても第一班当時と同様の状態で改善をみず、結局、三名の作業員のうち原告を除く二名のみが剪定や除草を行い、原告は殆ど片付けのみしかしなかったが、この作業も相変わらず満足に行えず、他の二名が剪定等の作業を早めに切り上げて片付けを手伝わなければならないという状態が続いた。これに加えて、同班では、原告は枝や草をかき集めるのに熊手を裏返して爪を上にして使い、班長がこれを注意しても返事もしなかったり、その時は直しても目を離すとまた裏返して使うということが頻繁にあり、また、他の作業員が高木の剪定中落ちた枝を片付けるように指示したが、原告が聞かないため、口論となるということもあった。
(3) 機動班での勤務状況
そして、第二班でも、作業の能率が落ち、他の者の志気にも影響するとして、原告に対する不満が大きくなったため、原告は機動班に移された。
機動班では、管内の公園等を巡回し、遊器具等の設備を点検して、遊器具の緩んだボルトを締めたり、ベンチや金網フェンスの破損箇所等を補修したりする簡単な保全作業は自ら行い、手に余るものについては維持係の事務所に報告して業者に委託してもらい、また、砂場等に落ちているガラスを拾い、排水桝に溜まった泥を除去するなどの作業を行っており、これらの作業は作業員として配属される二名の職員が担当し、運転手として配属される職員一名は公園等の間を移動する自動車の運転のみを担当することとなっていた。
原告は、作業員として同班に配属されたのであるが、設備の点検をさせても漫然と見回って来るだけで、故障箇所や破損箇所を発見することができず、もう一度他の者が見回らざるを得なかったし、遊器具等の高い箇所は登ることができないため、見て来ることすらできなかった。また、ペンチやスパナ、ドリル、鋸等の道具を、何回教えられても全く使えないため、これらを使用して行う修理等の作業は一切行うことができず、砂場等のガラス拾いも、大きなガラスしか拾わないため、他の者がもう一度見回って小さなガラスを拾わなければならなかった。そこで、これらの作業は他の一名の作業員と運転手が行い、原告は、排水桝の泥を除去する作業のみ行うようになったが、排水桝は、管内の公園等のうち少ない所では二箇所位しかなく、そのような公園等では、原告の緩慢な作業でも、一〇分位で右排水桝の泥の除去の作業は終わってしまうのであるが、原告は右作業が済んでも、何もいわれなければただ立っているだけで、他の者の作業を手伝おうともしなかった。そして、同班の作業員から「できるかできないかは別として、一生懸命手伝って仕事を覚えなければ駄目ではないか」と諭されても、「役所というところは仕事をしなくとも、出勤さえしていればよいのだ」などといって、聞き入れようとする姿勢はなかった。
(4) ゴミ班での勤務状況
そこで、更に原告はゴミ班に配置替えされたのであるが、ゴミ班の作業は、作業員が、あらかじめ第一班ないし第四班の各班長から剪定したゴミを集積してある公園等を聞いてメモしておいて、運転手に順路を指示しながら委託業者のトラックで右の公園等を回り、道路に停車させた右トラックに、公園等の中に集積されているゴミを、集積場所がトラックから離れているときにはフォークや竹篭で道路に運び出したうえで、これが近いときには集積場所から直接に、フォークを使って積み込んで収集し、運転手がこれを東京湾の一三号埋立地に捨てて来るというものであった。
右収集作業には午前九時ころ出発するが、右一三号埋立地には午後三時までという入場制限があり、運転手の昼食時間や同所までの所要時間を見込むと、正午までには収集作業を終える必要があるところ、原告は、枝木をトラックに積み込むのに、フォークに枝木を乗せられなかったり、枝木からフォークが抜けなかったりして一向に作業は進まず、原告に任せておいたのでは到底時間に間に合わなくなってしまう状態であった。そこで、従来、運転手は作業員が積込作業をする間、トラックの荷台で積載されたゴミを踏みならす作業をする程度であったが、原告がゴミ班に配属されてからは、運転手が作業員のなすべき積込作業と、荷台に上がって積載されたゴミを踏みならす作業を一人で行い、原告は、僅か、ゴミを積み込んだ後路上を掃除し、ゴミの集積場所がトラックから遠い場合に、ゴミを路上に運び出すのを手伝うのみであったが、これらの作業についても、原告の動作は緩慢であったうえ、第二班所属当時と同様、掃除をするのに熊手を裏返しに使うようなことも度々あった。また、公園等を回る順路についても、原告はいつまでたっても公園等の場所を覚えず、行き方が分からないため運転手に指示することができず、やむを得ず運転手が原告のメモを見て自分で順路を判断して公園等を回っていたが、そのメモについても、原告が前記各班長から聞いた公園等を一部書き落としており、途中で思い出して順路を変更して収集に向かうため不要な時間がかかったり、忘れたままそのうちに収集できなかったりすることが多かった。
以上のとおり認めることができるが、なお、右事実に関し原告の主張するところを検討する。
まず、原告は体格の良い壮健な男性で、人並み以上の体力を有し、かつ、作業にも真面目に取り組んだのであるから、各班での作業に問題が生ずるはずはないとの主張があるが、右認定事実中に現れた原告の各班での作業上の問題点は、いずれも体格や健康、体力が優れていても生じ得るものであって、原告の体格や健康、体力は右認定を妨げる事情とはなり得ないし、更に原告が作業に真面目に取り組んでいたとの点についても、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前掲各証拠からは、原告の担当作業に対する熱意の欠如が窺えるのであって、原告の右主張は採用できない。
また、原告は昭和六〇年七月一日特別昇給を受けているのみであるから、その勤務能力、成績は、むしろ高かったものといえるとの主張については、(証拠略)により右特別昇給の事実が認められるが、(人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、区においては、単純労務職員については欠勤等の特別の事情がない限り、特に勤務成績が良好でなくとも通常五年に一度位の割合で特別昇給が行われており、原告は採用以来一度も特別昇給がなされていなかったことから、奮起を促す意図もあって右特別昇給がなされたものであることが認められるのであって、右特別昇給をもって原告の勤務能力や成績の高さを示すものということはできず、右原告の主張も採用できない。
更に、原告は、原告の第二班への配置替え及びゴミ班への配置替えはいずれも定期異動にすぎないし、機動班への配置替えも原告の勤務状態に問題があったからなされたものではないと主張する。しかしながら、まず、証人野口誠の証言によれば、維持係においては、作業員は通常二年間で定期異動として班を移っていることが認められ、原告のゴミ班への配置替えは機動班に異動して一年目の配置替えであって定期異動にはあたらない。そして、原告の機動班への配置替え及びゴミ班への配置替えはいずれも極めて短期間のうちの配置替えであることからすれば、右各配置替えが原告の取り扱いに苦慮してなされた特別の異動であるが窺えるし、また第二班への配置替えについても、定期異動ではあるが、前記認定のとおり、第一班で原告に対する苦情が頻繁になり、原告の勤務状態を改善しようとする意図もあったことからなされたものと認めることができる。なお、原告は、昭和五六年一一月の機動班への配置替えにつき同年一〇月の定期昇給の事実を、昭和五七年四月のゴミ班への配置替えにつき同月の昇格の事実を指摘して、右各配置替えが原告の勤務状態の問題によるものではないことを示すものであるとするが、(証拠略)により右昇給及び昇格の各事実は認められるものの(人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、区の単純労務職員は、懲戒処分を受けた者や休職中の者など一定の事由に該当する者を除き、一定期間が経過すれば例外なく定期昇給、昇格を受けていたことが認められるのであって、右定期昇給や昇格の事実は原告の勤務状態に問題がなかったことを推定させる事実とはなり得ない。したがって、原告の第二班、機動班及びゴミ班への各配置替えが勤務状態の問題によるものではないとする原告の前記主張も採用できない。
また、原告は、原告のゴミ班での勤務状態についても、運転手が原告の作業を手伝っていたのは、同班の作業員数が昭和五六年頃二名から一名に削減され、作業員のみではノルマが消化できない状態になったからであって、原告の勤務に問題があったからではないと主張するが、前記(一)に述べたとおり、少なくとも昭和五四年頃から作業員一名、運転手一名というゴミ班の構成は変わっていないのであって、右人員削減の事実は認められず、また、証人石原馨の証言によれば、右昭和五四年頃以降、同班に作業員として吉野という職員が配属されていた当時や佐藤という職員が配属されていた当時には、トラックにゴミを積み上げるまでの作業はいずれも作業員一人でこなしており、運転手は荷台でゴミを踏みならす程度の作業をしていたにとどまることが認められる(右認定に反する<人証略>は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)のであって、ゴミ班の作業は作業員一名のみではノルマが消化できない状態であったともいえず、右原告の主張も採用できない。
トラックの巡回経路の指示に関する原告の主張についても、ゴミ班では巡回経路は専門家である運転手が自らの考えに従って選んでいたのが実情であるとする点については、(人証略)の各証言によれば、原告が同班に所属する以前は作業員が巡回経路を判断して運転手に指示していたことが認められるのであり、原告がゴミ班を担当しているときに運転手が巡回経路を判断していたのは、前記のとおり原告がこれを判断できなかったためであって、運転手が巡回経路を判断するのが同班における実情であったということはできず、また、原告が巡回経路を指示したことはないから、遠回りをさせた事実もないとする点については、前記のとおり、運転手は原告が第一班ないし第四班の各班長からゴミを集積してある公園等を聞いてメモした紙を見ながら巡回するのであるが、原告は度々このメモに立ち寄るべき公園等を書き落とし、途中で引き返させたことが認められるのであって、右巡回経路の指示に関する原告の主張も採用できない。
(三) (三)(同僚とのいさかい)の事実について、(人証略)並びに原告本人尋問の結果(後記措信し難い部分を除く。)を総合すれば、原告は激しやすい性格であり、職場にも溶け込めずにおり、前記のとおり、以前から作業上の問題その他で同僚との間で度々いさかいを起こしていたが、殊にゴミ班配属中の昭和六〇年六月頃以降、他の職員に突っ掛かるような態度が目立ち、その頃、佐藤という職員にからかわれたとして同人の胸倉をつかまえて吊し上げたり、近藤という職員と喧嘩になって唇に怪我をさせたりしたことがあり、また、原告の父は以前東京都参事を勤めていたのであるが、原告は同年一二月七日作業員詰所で区の土木課職員らに対し、「おまえ等みんな親父にいって首にしてやるぞ」といい放ち、同日、土曜日の居残り当番に関し、調整役の諸井重雄に喧嘩腰で抗議し、同人がそれでは係長のところへ行けといって手で払うと、同人に殴り掛かり、その口の辺りを掠めるなどのいさかいを起こしていたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告は、原告の職場である作業員詰所には、古参者が新参者をいびる風潮があり、原告は同所では一番新しい職員だったため、しばしば先輩からからかわれ、我慢を重ねていたが、耐えられなくなって口論に及んだことはあるが、それは抗議の範囲にとどまり、暴行や傷害に及んだことはないとし、佐藤との件は暴行といったたぐいのものではなく、近藤との件も傷害などには至っておらず、諸井との件も、同人が殴りかかってきたのを手で払いのけたところ、これが同人の顔面に当たったにすぎないと主張する。しかしながら、(人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告が同僚にからかわれることがあったことは認められるものの、作業員詰所に新参者をいびる風潮があり、原告がその対象になって我慢を重ねていたとの事情はこれを認めるに足りる証拠がなく、原告の前記性格や、いさかいの頻繁さ等に鑑みれば、前記原告の同僚とのいさかいは、原告の態度や性格によるものと推認されるのであって、同僚がからかうことがその主因をなしているものとは考え難く、また、佐藤、近藤及び諸井に対する暴行や傷害の事実については前記認定のとおりであって、原告の同僚とのいさかいが口論の範囲にとどまるものであったということもできない。
(四) (四)(傷害事件)の事実は当事者間に争いがない。
2 次に、抗弁2(原告の不適格性)について判断する。
地公法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正し難い持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解される。
しかるところ、原告は、前記1(二)のとおり、採用後所属したいずれの班においても、担当すべき職務の大半は作業能力が欠如していて行うことができず、担当し得た職務についても著しく熱意を欠く散漫な勤務ぶりで、殆ど作業員としての役割を果たさず、他の職員等に多大な負担を負わせ、各班の業務を停滞させたり、あるいは同僚といさかいを起こすなどして、区ではその取り扱いに苦慮していたが、原告は、周囲の者がそのような勤務状態を改善しようと、繰り返し指導したにもかかわらず、これに応じる姿勢さえ見せず、かえって、前記1(三)のとおり昭和六〇年六月頃からは、いよいよ同僚とのいさかいを頻繁にするようになって、職場の平穏や秩序を著しく乱し、ついには前記1(四)の傷害事件を起こして顕著な粗暴性を示すに至っているのであって、右原告の勤務状態や態度、行動は、原告の簡単に矯正し難い持続性を有する素質、能力、性格等に基因するものであり、土木工事等の作業現場での清掃等の作業を組織的に行う一般作業員としての職務の円滑な遂行に支障があるものといえるから、原告は地公法二八条一項三号に該当するものというべきである。
なお、原告は、右該当性の判断をするについては、まず処分当時の具体的職務についての適格性を判断し、その適格性が認められる場合には、それ以前の職務について仮に不適格性が認められたとしても、右該当性は否定されるべきであるところ、原告は本件処分当時所属していたゴミ班では大過なく作業をこなし、出勤状態も良好で、分限処分の対象となるような不適格性を示すことなく職務を遂行していたのであるから、右該当性はないと主張する。しかしながら、まず適格性判断の仕方としては、原告の所属した各班での作業はいずれも特殊な技術等を要さない比較的単純な肉体作業であるから、一つの班での職務のみについての適格性を独立に論ずる意味は薄く、本判断においてなしたとおり、原告の各班での勤務状態等を総合的に判断して一般作業員としての職務への適格性を判断するのが相当というべきであり、ただ仮に原告の本件処分まで約三年八か月にわたるゴミ班での職務の遂行に支障が生じていなかったとしたならば、右総合的な判断において、原告の一般作業員としての職務への不適格性を認めることには問題があるといえるが、原告のゴミ班での勤務状態は前記1(二)(4)に述べたとおりであり、また、前記1(三)の同僚とのいさかいや同(四)の傷害事件もあるのであるから、これらを機動班までの勤務状態等と総合すれば、前記のとおり原告の一般作業員としての職務への不適格性が認められるのであって、原告の右主張は採用できない。
更に、機動班までの勤務状態に関して、まず、原告は、第一班及び第二班で原告が木に登れず高木の剪定ができなかったのは、原告の体重が重く、危険であったためであって、無理もないことと主張するが、前記1(二)(1)及び(2)に認定したところによれば、原告が木に登れなかったのは極度の恐怖心によるものと考えられるのであって、右原告の主張は採用できない。第二に、原告は、低木の刈り込みができなかったことについて、第一班所属当時入院した病気の影響が否定できず、現在右病気は改善しているのであるから能力の向上が期待できると主張するが、前記1(二)(1)に認定したとおり、原告は右入院前から右作業をこなせずにいたのであり、なお右入院の後その作業状態が更に悪化しているので、この点に病気の影響を仮に認めるとしても、右病気の改善によって原告が低木の刈り込み作業をこなせるようになるとは考え難いから、右病気の改善は原告の不適格性の判断を左右するものとはなり得ない。第三に、原告は機動班における排水桝の泥を除去する作業は原告に適任であると主張するが、仮にそうであるとしても、前記1(二)(3)に認定したとおり、右作業は機動班の作業の極めて少部分にすぎず、原告はその他の作業はいずれもおよそ満足にできなかったのであるから、やはり原告の不適格性の判断を左右するには至らない。第四に、原告は、原告が熊手を正常に使用しなかったのは故意によるものではなく、また、二、三回のことにすぎないから、不適格性を基礎付けるものではないと主張するが、仮に故意によるものではなくても、右のような作業状態は適格性を欠くことの徴表たり得るものであるし、前記1(二)(2)及び(4)に認定したとおり、原告は度々このような熊手の使用をしていることが認められるのであるから、原告の右主張も採用できない。
原告の同僚とのいさかいについても、原告は、現場の仕事にはある程度のいさかいはつきものであり、原告はすべての同僚と折り合いが悪かったわけではなく、他の職員に比して特に悪質であったというわけでもないから、不適格性を表すものではないと主張するが、前記1(三)にみられる原告の態度や行動は、本判断において述べたとおり、職場の平穏や秩序を著しく乱すもので、組織的に作業を行う一般作業員としての職務の円滑な遂行に支障があるものといえるから、原告の不適格性を表すものというべきであり、原告の主張するような事情は右判断を左右するものではない。
原告は、前記1(四)の傷害事件は退庁後の私行であって、原告の職務に直接関連するものではなく、このような事件を一度起こしたというだけで、原告が右職務に不適格ということはできないと主張するが、本判断において述べたとおり、右傷害事件は、そこに表れた原告の粗暴性が、原告の勤務状態や同僚に対する態度、行動等と相まって、組織的に土木工事等の作業現場での清掃等の作業を行う一般作業員としての職務の遂行の支障となるのであって、右職務についての不適格性の徴表となるものといえ、右原告の主張も採用できない。
三 原告は、本件処分が裁量権の範囲を逸脱し、または裁量権を濫用した違法があると主張するので、この点について判断する。
1 まず、原告は、本件処分の真の目的は前記二1(四)の傷害事件に対する懲戒をすることにあり、懲戒処分事由によって分限処分を行うことは許されないから、本件処分は裁量権の範囲を逸脱するものであると主張する。
懲戒処分事由に基づき分限処分を行うことが許されないことは原告の主張するとおりである。しかしながら、本件処分の真の目的が右傷害事件の懲戒にあったとの原告の主張については、証人石田徳治の、昭和六〇年一二月二六日、当時の区の総務部職員課長三上武彦が、原告の父である同証人に対して、「傷害事件を起こしたことで原告の免職処分は避けられないが、自分は懲戒分限審査委員会の委員をしているから、分限処分にとどまるよう努力する。」旨述べたとの証言があるが、証人三上武彦の証言に照らし、右証人石田徳治の証言は未だ措信し難く、他に右原告の主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記二に述べたような事由が存在することからすれば、本件処分は公務の能率を維持し、その適正な運営を確保する分限処分本来の目的の下に行われたものと推認するのが相当というべきであって、右原告の主張は採用できない。
2 次に、原告は、右傷害事件は原告の飲酒に起因するものであるところ、現在原告は断酒を誓っており、右傷害事件についても略式命令を受けて決着がついていることからすれば、本件処分は酷に失するものであって、裁量権の濫用であると主張し、また、東京都の職員が上司に傷害を負わせたことを理由に一〇日間の停職処分に付された事例を挙げて、右処分でさえ関係者の間では重い処分として評判になっていることからすれば、本件処分は社会通念ないし自治体の人事行政の常識に反するもので、裁量権の濫用であると主張するが、右の各主張はいずれも本件処分が右傷害事件を理由とする懲戒処分であることを前提とする主張であり、分限処分たる本件処分の裁量権濫用の主張としては失当というべきであるが、更に、前記二の認定判断からすれば、原告を他の班や部署に異動させても一般作業員としての職務の遂行には支障が生ずるものといえ、公務の能率を維持し、その適正な運営を確保するうえで、本件処分はやむを得ない措置というべきであって、これを裁量権の濫用という余地はなく、右の各主張も採用できない。
四 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利賢)